パーフェクトスター・パーフェクトスタイル

ジャニーズWEST・藤井流星くんのファンです

10年後の今日の日も

私が藤井流星くんを初めて生で見たのが2007年8月11日。ちょうど10年前の今日でした。個人的節目なのでこの10年を振り返っておきます。脈絡ないし長いです。

 

正直こんなに長く流星くんのことを応援出来るとは思ってなかったし、人生の中でこんなに継続して何かを続けられたのって流星くんの応援だけなんです。どうでもいいけどその間仕事は3回くらい変わってたりするし。流星くんが生活の中心の10年でした。応援して行く中では楽しいことより辛いことの方がたぶん多かったけど、辛いことや悔しさから得られたことも沢山あった10年。(厳密に言うと担降りしたのはもう少し後なんで9年半くらいですけど)元担(鮎川太陽くん)がデビュー出来ず事務所をやめていったことが辛くて、流星くんに担降りを決めたのは元担の誕生日。流星くんには絶対デビューしてもらいたい、そう思ってその日を担降りの日にしました。デビューで受けた傷はデビューで取り返さないと。怖いですね。執念を感じます。…この何年後かにまた同じ思考が巡るわけですが。

 

過去にブログでも流星くんのファンになるキッカケは話しているので割愛しますが10年前の今日、自分で取ったチケットで入った座席。幕が上がった目の前には流星くんがいました。立ち位置どんぴしゃで。真っ黒に日焼けした肌にはちょっと不釣り合いに感じる、いかにもジャニーズ!な衣装を着て。笑顔でにこにこと。間も無く14歳を迎える、13歳には見えない大人っぽいけど笑顔は年相応な黒髪の少年。私はたちまちに心を奪われました。沢山いるジュニアの中で流星くんだけが輝いて見えた。もともと流星くんを観に行く予定ではあったんだけど生で見る流星くんにすぐにやられました。今風に言うと「沼」に突き落とされた。それが2007年8月11日の出来事。

 

当時(2007年~2011年くらい)は今とは違ってなかなかテレビで見ることができなかったので姿を見るにはとにかくコンサートに行くしかなかった。テレビに出てないわけではないけど少クラは今でもin大阪は年1だし主に関西ローカルだったし今みたくSNSはそこまで普及してなかったしね(当時はmixiやらブログが主流だった気がする)。でも幸いにも関西ジュニアはめちゃめちゃコンサートをやってくれた。夏冬は松竹、正月に春休みにGWは城ホールでコンサート。梅芸でなんてこともありました。今思うと関西ジュニアだけで1年に単独コンサートがこんなに出来るって凄かったんだなと思う。キャパは小さいけど冬の松竹はグループ単位でだったし(2008~2011年)、毎年冬は本当に楽しみだった。基本的に流星くんと7WESTにしか興味が無かったのでオール関西ジュニアのコンサートとはまた違って、グループだとさらにやりたい事を深く落としこめるものだったしなにより冒頭でも書いたとおり流星くんをデビューまで導くのが目的だったからグループの単独コンは特別に嬉しかった。けど関ジュとして勢いが一番あった時って2013年かなとは思う。関ジュだけで全国ツアーもしたし。だからジャニーズWESTのデビュー話が持ち上がったのがこの年なのは頷ける。

※余談ですが2013年の全国ツアーの前に西日本中心のツアーをやりましたが(2011年)、途中の会場から出演メンバーが21人から12人まで減らされてしまう衝撃の展開。「◯◯くんじゃなくて、流星が外されたらよかったのに」って言う呟きを見かけてすごい悲しかったんです。その西日本ツアーのラストが名古屋で同日東京ドームではジャニーズ野球大会が行われていたのでそのままそれに行くものだと思って私も名古屋から東京ドームに行ったんですけど何度確認しても流星くんがいない訳です。無になった。ああ、ツアーの途中で推しを外されたファンはきっとこんな気持ちだったのかな、そりゃ当たりたくもなるかもしれない。「流星くんじゃなくて◯◯くんが外されたらよかったのに」ってちょっと思ったし。今思えばジャニーズWESTのメンバーで参加していないのは流星くんだけだった。

 

関西ジュニアが注目されるキッカケって優馬くんの登場だと思っているんですがその優馬くんと同期入所で流星くんも割とスペシャル待遇(このあたりは10000字インタビューで話してた)で、早い段階でグループにも入れたからスタートはエリート街道だったけどそれがずっと続いて行ったわけではなかった。推されてはもちろんいる方だったけど。やはり優馬くんありきなところはあったから、7WESTが2008年に結成、優馬くんが2009年にB.I.ShadowとCDデビューして7WESTから徐々に離れて行きました。BIのデビュー発表があった時は夢が断たれたと思ったね。またかい!みたいな、JUMP結成の時のことがちょっとよぎって。でも。それでも優馬くんが抜けた7WESTは関西ジュニアの最前を守り続けていた。それは重岡くんが無所属からグループ入りをして優馬くんに続く関西ジュニアのセンターの階段を上っていたから…だと思っている。正直優馬くんで持っているようなグループだと思っていたところはあったけどその間重岡くんや重岡くん以外のメンバーも着実に実力やファンをつけていたから最前を守れたのかもしれない。優馬くんと言う大きな存在がぬけても彼らならまだまだいけるんじゃないか、そう思いました。

 

流星くんを1番最初に関東で見られたのは割と早くて2007年9月。JUMP結成の場にもなったあの横アリのジュニアコンサートです。大阪から呼ばれて、うちわまで出て。早々推しが一気に見れるなんて順調すぎるな~って思ったのもつかの間。次に流星くんが関東の会場で見れたのは4年半後の2012年3月(しかも仕事休めなくて見に行けず…)だったし、元担はJUMP結成後に退所…悲しみを抱えながらも担当を名乗る前から流星くんを観に大阪に通う日々。元担に関してはデビューするものだと思ってたしずっとそこにいてくれるものだと思っていた。

流星くんに降りた理由は、流星くんにデビューをしてもらうことで自分の見る目は正しかったと証明したかったから。何様って話ですけど。やはりこの事務所にいる以上はデビューってタレント誰しもが夢見て欲しい目標で、けど全員が出来るわけじゃない。今でこそデビュー以外にも道はあるけど私はCDデビューを目標にして欲しかったし叶えても欲しかった。当時まだ憧れの先輩の名前すらわかりません状態の流星くん、デビューを意識するのなんて遠い未来だと思いながらも私が勝手に元担で後悔してきたことを流星くんではしないようにしよう、次こそは絶対にデビューするところを見たい、デビューまで押し上げたい、仮にまたデビューできなかったとしても後悔しないようになんでもやりたい、って言う勝手極まりのない気持ちもあったのでうっとおしいファンだなと自分でもつくづく思う。体験談を話すとデビューを目標にしていて出来なかったとしても私はやることやったし…で、後悔しないと思いますか?死ぬほど後悔するよ!!!結局どうしたって後悔はします。経験上。他人の人生に勝手に肩入れして勝手に後悔とかしんどくなったりとかウケるよね。

でも、自分ひとりの夢だと思っていたデビューを、いつだったかは忘れちゃったけど雑誌のインタビューでも口にしてくれるようになって凄く嬉しかったし、個人的には高校から大学へ進学する年には誌面上では「大学進学を視野に入れて見学に行ったりもしたけど関ジュとしての活動もあったし行かなくて良かったかも」と小さな後悔として話していて。当時「勉強苦手だしその分他のこと(ダンスの技術を磨いたり)に時間やお金を使いたい」って言うのを理由に進学はしないことを雑誌で話してくれたのがめちゃくちゃ嬉しかったんですよね。学校見学はしたからこそ進学しない理由が見つかったわけだし、決して無駄な時間ではなかったと感じるのにその時間を小さな後悔、っていう風に話していて流星くんはとても真面目で、この世界で生きて行こうとしていると思ったから絶対にデビューさせてあげたいって改めてそこで思ったんですよね。多分大学進学の時期ってなると2012年くらいだと思うんですけど、10000字インタビューでは2012年の秋の日生に出られなかったらやめて別の仕事をしようと思ってたって書いてあってすごく驚いたけど「続けることって大事ですけど、俺はダラダラ続けることに意味はないと思ってて。20代後半になってもジャニーズJr.ってのはイヤやなと思ったんで(ジャニーさんに日生出演を直談判した)」と語っているのを見て、ああ、流星くんを応援してきてよかったなって思って泣いた。わんわん泣いた。Myojoびっちゃびちゃになってもう1冊買った。(笑)

 

縁起でもないこと言うけどきっと流星くんならジャニーズじゃなくてもきっと違う道でも成功していたと思う。根拠はないけど自信はある。なかなか東京にひとりだけ来れない日々が続いたり、ひとりだけ仕事が決まらなかったことも多くもやもやした気持ちを抱えることも多かったジュニア時代。悔しくてたまらなかった。デビューはご存じの通り最初は外されて後から加入する形だったし私が夢見たデビューの仕方とは程遠かったけど、ジュニアの頃からどんなに遠回りをしても、流星くんは確実に結果を出してくれるからここまで応援を続けることができました。

2013年の全国ツアーのパンフレットの【Q.夢を教えて!】という問いに「いまのファンの人が、10年20年先も僕を応援してくれるようにがんばる。」って書いてあったんです。今日で流星くんに出会ってから10年経った。応援すると決めてからもう少し時間はあるし、きっと流星くんの夢はこの頃から変わってしまったかもしれないけど。流星くんが華やかで辛いこととも背中あわせのこの世界を選んで、アイドルを続けてくれるならもう10年先、20年後もこのエントリーを更新したいと思った。

 

ここまで読んでくれたあなたにSTY☆彡